看護師として心がけている行動指針

今回は、看護師としての行動指針ということについて書いていこうと思う。
ハッキリ言って、今回はいつもと違うような記事になりそう。
そして、長くズラズラと書くので、読みにくいと思います。
なので、もし「なげーわ!」って思う人は下の方のまとめだけ読んでみてください。

患者からの一言

僕は看護師だ。病棟で患者と日々向き合っている。
看護師のイメージはまだ女性のイメージ強い。
この記事を見ているあなたも看護師のイメージを持ったときに、女性の白衣姿を思い浮かべるだろう。
そのため、初めて会う患者にはリハビリの先生や医者に間違われることがしばしばある。
看護師と働き始めたときは、このイメージに飲み込まれそうになったこともあった。
しかし、今では僕が接した患者にこのイメージを払拭してもらおうと考え、より親身にその人の目線に立って接している。

そんな僕が改めてこの記事を書こうとした理由として、少し前に病棟でこんなことがあった。
それは、ある患者が病棟で亡くなったこと。
患者が亡くなるというのは病院ではよくあることだ。
人が亡くなるというのは家族からすると、忘れられない悲しいこと。
もちろん、看護師として接したことがある患者が亡くなるのは悲しい。
しかし、1年前に亡くなった患者を思い出すことはあまりない。
それは1年間に病院で亡くなる患者が多く、ある一定の一部分となってしまうから。
でも少し前に亡くなった患者は今後も忘れることはないと思う。
その患者は、当初は独歩で元気に歩かれて入院された。
元気に歩かれたというのは、検査入院をするためだったからだ。
以前にも入院をしていたこともあり、お互いに顔を覚えていた。
患者「また入院することになったからよろしくね!」
僕 「もちろんです!こちらこそよろしくお願いします。」
挨拶を済ませて、5分くらい話をした。
そして、検査の日。
その検査は、僕の病院では手術室で行っている。
そのため、何度も検査をしていても手術室に入るときは緊張するのだとか。
患者からすると手術室は非日常生活空間であるため、その気持ちはよく分かる。
その日も担当だったため、いつも通りで大丈夫ですよー。
なんてことを話しながらいつもの検査をするため手術室へ入っていった。
その1週間後、その検査の結果が出た。
本人から聞いた話だが、結果はあまり良くない結果だったらしい。
そしてその良くない結果も、看護師の僕が見てもかなり悪い結果。
いつも明るい患者もさすがに落ち込んでいたのを覚えている。
その後からは、いろいろな検査・治療が始まった。
治療のデメリットとして、副作用が強く出たものもあった。
しかし、それでも明るく笑顔を絶やさない患者。
そんな患者にいつの間にか家族と同じように感情移入していたのかもしれない。

入院が長くなってくると徐々に痩せはじめ元気に歩くことも少なくなってきた。
そんな日が続いた1か月後。
本格的にベッド上でしか動けないようになった。
日々の入院中の清潔ケアも患者自身で出来ていたことが、看護師の手を借りないとできなくなり、その次は看護師2人掛かりでないとできなくなるまでになった。
そんなとき、患者本人からこんな言葉を掛けてもらった。
「いつもいつも申し訳ないね。でも、君に助けてもらえるのが本当に幸せだよ。他にも優しい看護をしてくれる看護師さんはいっぱいいるよ。でも、いつもそれ以上の看護をしてくれるのは君しかいないんだよ。」と。
この言葉を掛けてもらったときは、大してその言葉を重く受け取っていなかった。
なぜなら、容体が悪くなった患者は多くのケアが必要だ。
そんな患者は看護師に対して、申し訳ない、迷惑をかけて申し訳ないという思いを抱き、同じような言葉を掛けてくるからだ。
そんな言葉を掛けてもらってから2週間が過ぎたある日。
その患者さんは亡くなった。
亡くなった次の日。家族からこんなことを話してもらった。
患者は亡くなる直前まで見舞いに来る方にありがとうと話していた。
家族はそのことに対して、患者自身に聞いてみたことがあるんだそう。
その質問に対して、「自分は今まで感謝を忘れていたと思う。人に何かをするときは、相手が思っている以上のことをすると、その人も感動するし自分の心も豊かになる。」と返したという。
このことを聞いて、あることが本当に大事だと思った。

それは、「常に+1をする。」ということだ。

これは僕が看護師1年目として右も左も分からず手探りで患者と向き合っていたときに、先輩看護師からアドバイスをしてもらった内容だ。
看護の場面では「個別性」という言葉をよく使用する。
「個別性」とは、同じ病気を抱える患者でも家族や自宅などの生活背景は一人ひとり違うため、その患者にあった行動をしていくということだ。
しかし、僕はこの個別性という言葉があまり好きではない。
「常に+1をする。」
この言葉は教えてもらったのは、ふとしたときに先輩看護師に「個別性って簡単に言うが、都合がいいだけのような気がする」と話した時だ。
看護師は個別性という行動を患者のアセスメントしたうえで行っている。
しかし、この個別性を重要視しすぎると患者のプライベート空間に知らずしらずのうちに入り込みすぎてしまう。
人によって相手に踏み込んでほしいプライベート空間は違う。
このプライベート空間を把握することはものすごく難しいことだと思う。
もちろん、長い時間を共に過ごす家族や友人のプライベート空間はある程度把握できる。
しかし、少し会ったことしかない友人のプライベート空間の範囲を理解することは大変である。
そこで必要なことが「+1」ということ。
「+1」というのは、相手が想定している内容に「+1」をするということだ。
これを積み重ねていくことで、少しずつ相手の心が見えてくる。
そして、相手も自分の気づいていない間に信頼と感謝という部分を感じることができる。
学生時代から患者と向き合う中で、個別性という言葉に疑問があった。
しかし、新人看護師の時に先輩からアドバイスしていただいた「+1」ということの重要性を改めて臨床の現場で感じることができ、その疑問がスッと消えたと感じた。
そのことがあってから、僕の行動指針は「常に+1をする。」ということとなった。

まとめ

「常に+1をする。」
これは、看護師としての内容だけではない。
人として家族・彼女・友人と接するときなどすべてにおいて該当すると思う。
それは、なにか普通のことをするときに、「+α」を付け加えるということだ。
しかし、僕はあえて「+α」ではなく「+1」としている。
それは目的に対して行動がブレないようにするため。
もちろん「+α」が悪いというわけではない。
でも、この「+α」に気を取られることで、元々の行動目的がブレることがある。
例えるなら、やりすぎてしまうとうことだ。
なんでも相手にやりすぎてしまうと、それを重く受け止められてしまうことがある。
そんな形で受け止められてしまうと、こちらとしては折角やってあげたのに。
と思い、どちらもマイナスの気持ちを抱いてしまう。
そのため、何に対しても「+1」を足していくことで相手も重く感じず、自分も満足感を得ることができる。
どうせやるならお互いにプラスになることをしたい。
どんな人も思うことだと思う。
今何やってもうまくいかない。
なんていう人は、とりえあず「+1」ということを心掛けてみるのもいいかもしれないですよ。